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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13275号 判決 1998年1月22日

千葉県松戸市<以下省略>

原告

有限会社X1

右代表者代表取締役

千葉県野田市<以下省略>

原告

X2

右両名訴訟代理人弁護士

城内和昭

吉成外史

星隆文

竹内義則

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

清宮國義

主文

一  被告は、原告有限会社X1に対し、金一三七八万〇九四一円及び内金六六八万八三五五円に対する平成六年七月一九日から、内金七〇九万二五八六円に対する平成七年九月一五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、金六三〇万一三二六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告有限会社X1(以下「原告会社」という。)に対し、金七〇〇九万七八四五円及びこれに対する平成三年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、金三一三七万八八八一円及びこれに対する平成三年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の顧客で被告に株式等売買の委託等をしていた原告らが、被告の営業担当者との間で取引一任勘定取引契約を締結したところ、右営業担当者が過当売買を行い、損害を被ったが、右過当売買は被告の債務不履行及び不法行為に当たると主張して、被告に対し債務不履行責任又は不法行為責任に基づく損害の賠償を求め、また、原告会社が、被告に株式等を寄託していたところ、右営業担当者が右株式等を売却し原告会社にその計算を帰属させたが、右売却は無断売却であって原告会社にその計算を帰属させることはできないと主張して、被告に対し寄託契約に基づき寄託金の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1(一)  原告会社は、有価証券の運用及び管理等を目的とする会社であり、原告X2は、肩書住所地で医院を開設している医師である(争いがない。)。

原告会社の有価証券の運用及び管理等の事務は主として原告X2が行っていた(争いがない。)。

(二)  被告は、有価証券の売買、有価証券の売買の媒介・取次及び代理等を目的とする会社であり、C(以下「C」という。)は、被告本店営業部所属の従業員で外務員であった(争いがない。)。

2  原告らは、平成二年一〇月二六日、Cとの間で、被告本店営業部の原告らの口座における有価証券の売買取引につき、売買の別、銘柄、数及び価格の決定を一任する旨の契約(以下「本件一任勘定取引契約」という。)を締結した(争いがない。)。

3(一)  原告会社は、本件一任勘定取引契約に基づき、平成二年一〇月二九日以降、別紙売買取引一覧表(一)番号1ないし番号70記載のとおり、ワラントを除く有価証券の取引の委託及びワラントの取引を行った(同一覧表の経過利子、取得金額、ワラント手数料、委託手数料、取引税、その他経費及び譲渡金額の欄の記載を除くその余の事実は争いがない。右以外の事実は、ワラント手数料欄の記載を除き、被告において明らかに争わないところであり(乙二一参照。)、ワラント手数料欄の記載は原告ら訴訟代理人らによる計算上のものである(後記第三の三の2参照。以下同じ。)。なお、金額の単位はいずれも円である(以下同じ。)。)。

(二)  原告X2は、本件一任勘定取引契約に基づき、平成二年一〇月二九日以降、別紙売買取引一覧表(二)番号1ないし番号32記載のとおり、ワラントを除く有価証券の取引の委託及びワラントの取引を行った(同一覧表番号1ないし番号29の経過利子、取得金額、ワラント手数料、委託手数料、取引税、その他経費及び譲渡金額の欄の記載並びに番号30ないし番号32記載の取引を除くその余の事実は争いがない。右以外の事実は、ワラント手数料欄の記載を除き、被告において明らかに争わないところである(乙二二参照。)。なお、同一覧表番号32記載のレインボーファンドは収益金の再投資である(乙二二参照。)。)。

4(一)  原告会社は、平成二年一〇月二日及び同月五日、被告本店営業部の口座に、別紙売買取引一覧表(一)番号71ないし番号80記載の有価証券を寄託した(右の有価証券を、以下「本件寄託証券」という。争いがない。)。

(二)  Cは、同年一二月二一日から平成三年一月二八日までの間、同一覧表番号71ないし番号80記載のとおり、本件寄託証券を売却し、右売却による受渡金額合計二三九一万六一三九円を原告会社の口座に入金する処理をした(争いがない。)。

(三)  Cは、同年三月一三日、同一覧表番号81ないし番号92記載のとおり、本件寄託証券と同銘柄、同数の有価証券を買い受け(買い戻し)、右買受けによる受渡金額合計三〇六〇万四四九四円を原告会社の口座から引き落とす処理をした(争いがない。)。

二  争点

1  Cは、本件一任勘定取引契約締結の代理権を有していたか。

(原告らの主張)

Cは、被告の外務員であり、証券取引法六四条により、本件一任勘定取引契約締結の代理権を有する。

(被告の主張)

証券取引法六四条は、その規定の位置からも明らかなように、監督行政庁において証券会社に対する行政規制を行う依拠規定であって、外務員の私法上の代理権の範囲を規定したものではない。

仮に同条が外務員の私法上の代理権の範囲を規定したものであるとしても、取引一任勘定取引契約は、法制上極めて厳格に規制され、証券会社の行為自体制限されているのであるから、その締結には個別の代理権の授与を要すると解すべきであって、同条により外務員がその締結の代理権を有すると解することはできない。

2  被告の債務不履行及び不法行為の有無

(原告らの主張)

原告らは、可能な限り証券取引における利益を得る目的を有していたが、その本業が多忙であるため、証券相場の値動き等を的確に判断し、瞬時に取引の是非を決定等することが困難であることから、Cの強い勧誘に従って、証券取引の専門家である被告に売買取引の決定を一任したものであるから、被告は、この委託の本旨に従い、証券取引の専門家として、原告らの取引に損失が生じないように合理的な根拠に基づいて取引を決定すべき高度の注意義務を負うものと解すべきである。また、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)一二七条一項、平成三年大蔵省令第五七号による廃止前の有価証券の取引一任勘定に関する規則(昭和二三年証券取引委員会規則第一五号。以下「旧規則」という。)一条一項は、取引一任勘定における過当取引を禁止しているが、これは証券取引における公序の一内容をなすものと解すべきである。

しかるに、Cは、本件一任勘定取引契約に基づいて取引を行うに当たり、旧証券取引法一二七条一項、旧規則一条一項に違反し、被告の手数料等の利益を得る意図をもって、原告らの利益を無視して、過当な取引を行い、かつ、この取引につき事後報告をしなかった。Cの右行為は、債務不履行に当たることはもちろん、不法行為を構成するものである。

したがって、被告は、債務不履行責任及び民法七一五条の責任を負う。

(被告の主張)

原告らと被告本店営業部との間の取引は、本件一任勘定取引契約締結後も、相当数が原告X2の事前の委託によるものであり、その余も取引の直後にCが報告して原告X2の事後承諾を受けていたから、一切の取引が原告らの十分な理解と承認のもとに行われたものである。原告らは、被告柏支店や他の証券会社との間の取引においても、多数回の証券取引を行っていたのであるから、本件一任勘定取引契約締結後の被告本店営業部との間の取引が多数回であることから、直ちにそれが過当取引であるとはいえないし、Cが被告の手数料等の利益を得る意図をもっていたことや、原告らの利益を無視したこともない。したがって、Cの行為が債務不履行ないし不法行為を構成するものでないことは明らかである。

3  原告らの損害の有無及び額

(原告らの主張)

原告会社は、別紙売買取引一覧表(一)記載の損失合計額五七〇三万九一三〇円に相当する損害(同一覧表記載の買付及び売付の各経過利子、委託手数料、取引税及びその他経費に相当する損害を含む。)を被り、弁護士費用六三七万円に相当する損害を被った。

原告X2は、別紙売買取引一覧表(二)記載の損失合計額二八五二万八八八一円に相当する損害(同一覧表記載の買付及び売付の各経過利子、委託手数料、取引税及びその他経費に相当する損害を含む。)を被り、弁護士費用二八五万円に相当する損害を被った。

4  本件寄託証券の売却の承諾の有無

(被告の主張)

Cは、本件一任勘定取引契約に基づき、原告会社から、本件寄託証券の売却を委託されていたものである。原告会社が、本件寄託証券を寄託する際、Cに対し、現物株は預けるだけで絶対に売却しないよう明言したことはない。

(原告会社の主張)

原告会社は、本件寄託証券を寄託する際、Cに対し、現物株は預けるだけで絶対に売却しないよう明言したから、Cの本件寄託証券の売却は原告会社に無断でされたものであることは明らかである。

被告は、右買戻しによる受渡金額合計三〇六〇万四四九四円と右売却による受渡金額合計二三九一万六一三九円との差額六六八万八三五五円を原告会社の計算に帰属させることはできない。

5  本件寄託証券の売却の事後承諾の有無

(被告の主張)

Cは、平成三年三月一二日、原告らとの間で、本件寄託証券と同種、同数の有価証券を買い受けることとし、原告X2の口座の投資信託を売却してその代金を原告会社の口座に入金し、右金員を買受けの資金に充てる、行き違いについては今後の取引の中でできるだけ利益の出そうな商品を厳選して案内することで了解する旨の合意をした。

(原告会社の主張)

原告会社は、Cとの間で、被告の責任で、本件寄託証券と同銘柄、同数の有価証券を買い戻す旨の合意をしたに過ぎないから、無断売却につき事後承諾したものではない。

第三争点に対する判断

一  取引の経緯等について

1  第二の一の事実と証拠(甲七、一八、一九、乙一ないし六、八ないし一一、一二の1ないし4、一三、一四、一五の1ないし9、一六の1ないし13、一七、一九ないし二八、証人C(一部)、原告X2本人(一部))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、証人Cの証言及び原告X2の本人尋問の結果中この認定に反する部分は右証拠に照らして容易に信用できない。

(一) 原告X2は、大正一二年生まれの医師であり、昭和四五年以降二つの病院を経営しているところ、昭和五〇年ころから株式取引を行っており、昭和五五年ころには、株式の現物取引のほか、信用取引も行い、投機性の高い銘柄への投資を行って相当な損失を被ったことがあった。原告X2は、税務申告の関係から、会社組織でも株式等有価証券の取引を行うことを考え、昭和五八年に原告会社を設立し、取締役に就任した。

原告X2は、昭和六〇年ころから、複数の他の証券会社や被告柏支店との間でも、原告X2名義や原告会社名義で有価証券取引を行い、株式等の現物取引や信用取引を行っていたが、投機性の高い銘柄への投資は行っていなかった。

原告X2は、昭和六二年ころ、被告本店営業部に原告X2名義の口座を開設して有価証券取引を開始したが、被告本店営業部との間の取引は、営業担当者の異動により中断することがあった。

(二) 原告X2は、平成二年一月ころ、Cから勧誘を受け、同年二月一四日、ソニー転換社債(取得金額五〇〇〇万円)の買付約定をし、被告本店営業部との間の取引を再開した。原告X2は、その後、被告本店営業部との間で、国内株式、外国株式、転換社債及び投資信託の売買の委託、外貨建ワラントの売買等を行った。

原告X2は、Cの勧誘により、原告会社でも取引を始めることとし、同年九月一四日、ホソカワミクロン株一〇〇〇株(取得金額一四〇八万九〇〇〇円)の買付約定をするとともに、被告本店営業部に原告会社名義の口座を開設し、取引を開始した。原告会社は、その後、被告本店営業部との間で、国内株式の売買の委託、外貨建ワラントの売買等を行った。

(三) 原告X2は、Cの勧めがあったことや、知人から、被告本店では株式の寄託が億を超える客には損をさせないと聞いたことがあったことから、同年一〇月二日及び同月五日、本件寄託証券を含む一六種二万九〇〇〇株の株券、一種のワラント及び一種の転換社債(金額一〇〇万円)を寄託した。

(四) 原告X2は、証券専門新聞数紙を購読していたが、自己の判断のみで取引を行うことはなく、Cの推奨に基づいて原告らの取引を行っていた。原告X2は、Cから推奨があった場合は、これら証券専門新聞や会社四季報等の記事を参考にして取引を決定しており、Cの推奨に従うことが多かったものの、これに従わないこともあった。

Cは、同年一〇月二六日、原告X2から同原告口座でのオーロラファンドの買付委託があった際、原告X2に対し、同原告が診療等のため連絡が取れず、買付の機会を逃すことが多かったことから、原告らの取引を任せて欲しい旨提案したところ、原告X2は検討のうえ、右提案に同意し、原告らとCとの間で、投資総額や期間を決めないで本件一任勘定取引契約が締結された。

(五) 本件一任勘定取引契約締結後、平成二年一〇月二九日から平成三年三月一三日までの間、原告会社は別紙売買取引一覧表(一)番号1ないし番号70記載のとおり、原告X2は別紙売買取引一覧表(二)番号1ないし番号32記載のとおり、それぞれワラントを除く有価証券の取引の委託及びワラントの取引を行った(これらの取引を、以下『本件一任取引』ということがある。)。

Cは、本件一任勘定取引契約締結前は、必ず事前に原告らの個別の委託により取引を行っていたが、その後は、原告らに対し、売買取引につき、事後の報告もなく、原告X2に送金依頼の電話をした際、原告X2から小切手を受領した際、原告X2から送金の指示があった際などに、原告X2に対し、送金依頼の理由となる取引等の説明をしたり、取引の概況を報告したに止まった。

(六) 原告X2は、原告らの証券取引の資金を銀行からの借入れにより用立てており、年末近くにはこれをいったん清算する必要があった。そのため、原告X2は、Cに対し、平成二年一一月下旬及び同年一二月下旬、それぞれ有価証券を売却してその代金を送金するように指示して、原告らの銀行預金口座に送金を受け、また、平成三年一月四日、原告会社の銀行預金口座に送金を受けている

(七) 被告本店営業部では、取引が成立した場合、その都度、取引の銘柄、数量、単価、売買の別及び金額の移動明細等の取引の内容を記載した売買報告書を原告らに郵送し、また、毎月一回ないし二回、有価証券等及び金銭の残高並びに取引の明細を記載した月次報告書を原告らに郵送していた。これらの報告書は、原告X2にはその肩書住所地宛に郵送されており、原告会社には、当初は原告X2の肩書住所地宛に郵送されていたが、原告会社の希望に従って、平成二年一一月六日以降は当時の原告会社の本店所在地(東京都世田谷区)宛に郵送されており、そこから原告X2の肩書住所地に転送されていた。その関係から、原告X2が原告会社の取引内容を知る時期は遅くなっていた。

原告らは、これらの報告書を全て受領しており、原告X2は、同年一二月二八日現在の月次報告書まで、原告会社は、同年一一月三〇日現在の月次報告書まで、その内容に相違ない旨の回答書に署名ないし記名押印のうえ、被告本店営業部に返送していた。

原告X2は、平成三年一月、転送を受けた原告会社に関する平成二年一二月二八日現在の月次報告書を見て、寄託した現物株の一部(本件寄託証券のうち、別紙売買取引一覧表(一)番号71ないし番号77記載の有価証券)が売却されていることを知り、同月下旬ころ、Cに対し、本件寄託証券の売却につき、苦情を述べ、元に戻して貰いたい旨要求し、その後、Cやその上司と交渉を行った。

(八) なお、原告らは、本件一任取引の期間中、被告柏支店との間でも有価証券の取引を行っていたが、その取引のうち、被告本店営業部の取引とその時期が一致又はほぼ一致する取引は、三銘柄の買付(別紙売買取引一覧表(一)番号14の買付及び別紙売買取引一覧表(二)番号25、番号28の買付)のみである。

2  原告らの本件一任取引前の被告本店営業部との間の取引の状況

右1の事実と証拠(乙一、四、二一、二二)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告X2は、平成二年二月一四日、被告本店営業部との間の取引を再開した際、右1の(二)のとおり、五〇〇〇万円を投資し、同日以降同年一〇月二六日までの間(一七八取引日)、総額で約二億八八八三万円(買付の手数料等の経費を含む受渡金額の総額。以下2において同じ。)を投資し(一取引日平均では約一六二万円)、買付の回数が二〇回であったが、受渡金額が一〇〇〇万円以上の買付は一一回であり、そのうち、五〇〇〇万円以上のそれが二回、三〇〇〇万円以上のそれが一回であった。

原告会社は、同年九月一四日、被告本店営業部との間で取引を開始した際、右1の(二)のとおり、一四〇八万九〇〇〇円を投資し、同日以降同年一〇月二六日までの間(二九取引日)、総額で約一億三八一五万円を投資し(一取引日平均では約四七六万円)、買付の回数が九回であったが、受渡金額が一〇〇〇万円以上の買付は七回であり、そのうち、二〇〇〇万円以上のそれが二回であった(原告X2の取引再開以降、原告会社の取引開始以降それぞれ本件一任取引開始前の取引を、以下「従前の取引」ということがある。)。

(二) 右期間中の取引は、原告X2が四〇回(買付及び売付がいずれも二〇回)、一取引日平均で〇・二二回であり、原告会社が一二回(買付が九回、売付が三回)、一取引日平均で〇・四一回であった。

原告らの有価証券の保有期間は比較的短期であったが、原告X2については、買付の後三取引日までに売却したことはなく、原告会社については、同年九月中は買付の後三取引日までに売却したことはなかったが、同年一〇月に入ってからは買付の後三取引日までに売却することがほとんどであった。

二  Cの本件一任勘定取引契約締結の代理権の有無(争点1)について

証券取引法六四条一項は、証券会社の外務員は、その所属する証券会社に代わって有価証券の売買その他の取引に関し、一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなす旨を規定しているが、同項は、その規定の内容や位置からして、証券会社の外務員が私法上いわゆる一般的代理権限を有するものとみなす旨の規定であることは明らかである。本件一任勘定取引契約は、有価証券の売買に関連する取引であるから、同項にいう証券会社のその他の取引に該当すると解され、外務員であるCの代理権限の範囲内の行為であるというべきである。

もっとも、旧証券取引法一二七条一項は、取引一任勘定取引を制限し、その細目を大蔵省令で定めることとし、旧規則一条一項は、取引一任勘定取引において、勘定の委任の本旨又は勘定の金額に照らし過当な数量又は頻度の売買取引を禁止するなどし、取引一任勘定取引の自粛を求める通達も発せられており、本件一任勘定取引契約締結当時、取引一任勘定取引は厳しく規制されていたが、取引一任勘定取引それ自体が法令上禁止されていたわけではないから、取引一任勘定取引の契約を締結することは、外務員のいわゆる一般的代理権限の範囲内の行為であると解するのが相当である。

そして、取引一任勘定取引の契約を締結することが証券取引法六四条一項にいう証券会社のその他の取引に該当すると解される以上、仮に被告がCに対し取引一任勘定取引契約の締結を禁じていたとしても、それは代理権限の内部的制限に過ぎないものと解すべきであるから、原告らが被告においてCに対し取引一任勘定取引契約の締結を禁じていたことを知り、又はこれを知らないことにつき重大な過失がない限り、被告は本件一任勘定取引契約の効力が自己に及ぶことを否定できないところ(同条二項)、右事実は被告において主張立証しないところである。

そうだとすると、Cが締結した本件一任勘定取引契約の効力は、被告に及ぶというべきである。

三  被告の債務不履行ないし不法行為の有無(争点2)について

1  原告らの属性及び投資目的等

右一の事実によれば、原告X2は、株式投資等の証券投資につき十分な専門的知識や情報を有していたとまではいえないが、証券投資につき相当長期の経験と少なくとも一般の投資家並みの知識を有していたものであり、原告らの被告本店営業部との従前の取引において、投機性の高い銘柄への投資傾向はなかったものの、利益の獲得を図り、相場の変動に応じて積極的に高額かつ多数回の取引を重ねていたものということができる。

2  本件一任取引の状況

本件一任取引の期間(八九取引日。甲八参照)中、原告会社の取引は、合計一二四回(買付が六五回、売付が五九回)であり、一取引日平均で一・三九回に上り、原告X2の取引は、合計五七回(買付が二八回、売付が二九回)であり、一取引日平均で〇・六四回に上っている。右の期間中の取引の回数は、従前の取引での取引の回数と比較して、売買の合計回数及び一取引日当たりの回数ともに相当多くなっており、一取引日当たりの回数は、原告会社が約三・三倍、原告X2が約二・九倍となっている。

原告会社の本件一任取引の総投資額(買付の手数料等の経費を含む受渡金額の総額)は、約七億九一六五万円であり、一取引日平均で約八八九万円に上り、原告X2のそれは約四億〇九〇九万円であり、一取引日平均で約四五九万円に上っている。右の期間中の一取引日平均の投資額も、従前の取引と比較すると、原告会社は約一・八倍、原告X2は約二・八倍となっている。

有価証券の保有期間も極めて短期であり、原告会社については、買付の翌取引日に売付した取引が一六回(買付を基準にする。以下同じ。)、買付の翌々取引日の売付した取引が一四回、買付の三日後の取引日に売付した取引が一一回であり、これら短期売却の比率が高く(合計四一回)、しかも短期損切り売却が目立っており、原告X2についても、買付の翌取引日に売付した取引が九回、買付の翌々取引日に売付した取引が四回、買付の三日後の取引日に売付した取引が五回であって、これら短期売却の比率が高く(合計一八回)、やはり短期損切り売却が目立っている。この点につき、証人Cは、原告らは、銀行借入れにより有価証券取引の資金を調達していたことから、終始短期売買による収益の確保を求めていたものであり、頻繁な短期売買は原告らの委任の本旨に従ったものである旨の供述をするが、証拠(原告X2本人)及び従前の取引における原告らの投資傾向に照らしてにわかに信用できない。そして、短期間における多数回の取引が合理的であった事情を認めるに足りる証拠はない。

本件一任取引の委託手数料等については、株式、転換社債及び投資信託の取引の委託手数料は、原告会社につき三六九万二四六一円、原告X2につき二一四万九九一〇円であり、そう多くはない。ところで、外貨建ワラントの取引は、原告らと被告との相対取引であり、被告の利益はその価格に含まれているところ、原告らは、証券会社は仕入れ価格に二ポイントないし三ポイント上乗せして売却価格としていたと主張し、別紙売買取引一覧表(一)及び(二)ではワラント手数料として三ポイントで計算したものを計上している。しかし、証拠(甲三)及び弁論の全趣旨によると、原告ら主張の価格設定は以前の取扱いであり、本件一任取引のころは、外貨建ワラントの取引については、日本相互証券株式会社の発表する直近の中値を基礎とし、一定の値幅(取引高により〇・七五ポイントないし一・〇〇ポイント)の範囲内の価格で行うものとされていたことが認められるから、原告ら主張の計算(甲一四)により被告の利益を算定することはできないし、被告が本件一任取引のうちワラントの取引によって得た利益を直接認定する証拠はない。しかし、被告の八七期事業年度におけるワラントの自己取引の利益率は一・五七五パーセントであり(甲一五、一六)、被告は、原告らとのワラントの取引においても同程度の利益を得たものと推認するのが相当であるところ、そうすると、原告会社との取引による利益は七七三万五一一五円、原告X2との取引による利益は四三八万六四五六円となる。

3  被告の債務不履行の有無

本件一任勘定取引契約は、委任契約であるから、受任者である被告は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって受任義務を行うべき義務を負うものであり、被告が委任の本旨に反し、過当な取引を行うときは、本件一任勘定取引契約の債務不履行となると解するのが相当である。

右の1、2及び一の事実によると、原告らは、本件一任勘定取引契約において、できる限りの利益を獲得する目的で、従前の取引と格段の差のない投資規模と回数の取引を行うことを委任したものと認められるところ、本件一任取引は、投資規模と回数において、従前の取引を遥かに上回り、短期売却を繰り返しているのであるから、原告らの委任の本旨に反した過当な取引というべきである。そして、Cに、取引による委託手数料や利益を得る目的があったとか、原告らの利益を無謀に無視して損害を被らせようとの意図があったとまでは認められないが、Cには原告らの利益を配慮しない過失があったと認めるのが相当である。

なお、原告らは、Cが本件一任取引につき事後的報告を怠ったと主張するが、本件一任取引勘定契約において、Cが原告らに対し取引後直ちに報告する旨約した事実を認めるに足りる証拠はないし、取引の都度、被告本店営業部から原告らに対し売買報告書が郵送されていたことを考慮すれば、本件一任取引勘定契約において取引後直ちに報告すべき義務を当然に負っていたと解することもできないから、原告らの右主張は理由がない。

4  不法行為の有無

原告らは、旧証券取引法一二七条一項、旧規則一条一項に照らし、取引一任勘定取引における過当取引の禁止は証券取引における公序の一内容をなすものと解すべきであり、これに違反するときは、不法行為が成立すると主張するが、本件一任取引の当時、取引一任勘定取引における過当取引の禁止が証券取引における公序の一内容をなしていたと解することはできない。そして、本件における過当取引が不法行為を構成するような強度の違法性を帯びていると認めるべき証拠もない。

したがって、被告の不法行為責任を肯定することはできない。

四  原告らの損害(争点3)について

1  過当取引に起因する原告らの損害

(一) 委託手数料等

右一の1の事実によれば、本件一任取引において、原告会社は、株式、転換社債及び投資信託の取引の委託手数料として三六九万二四六一円、経過利子として九三万三四七二円、取引税及びその他経費として一八二万四一二四円を支出し、原告X2は、右委託手数料として二一四万九九一〇円、経過利子として一二万一四六七円、取引税及びその他経費として三八四万四三七七円を支出したから、原告らは過当取引に起因してそれぞれ右と同額の損害を被ったものと認められる。

(二) 差引損失合計額に相当する損害(右の委託手数料等を除く純然たる損害)

株式、転換社債及び投資信託の取引においては、右損害は、相場の変動やCの予測が結果的に外れたことに起因するものであると考えられ、過当取引に起因するものと認めることは困難であって、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ワラントの取引においても、右損害の多くは、相場の変動やCの予測が結果的に外れたことに起因するものであると考えられ、過当取引に起因するものと認めることは困難である。しかし、右三の2のとおり、ワラントの取引は原告らと被告との相対取引であり、被告の利益はその価格に含まれているから、原告らは、ワラントの取引において、被告が得たと推認される利益と同額の損害を被ったものと認めるのが相当である。被告がワラントの取引において得た利益は、右三の2のとおりであるから、過当取引に起因して、原告会社は七七三万五一一五円、原告X2は四三八万六四五六円の損害を被ったものと認められる。

(三) 弁護士費用相当の損害

本件のような一般の債務不履行においては、その不履行が不法行為を構成するような強度の違法性を帯びる場合でない限り、弁護士費用は債務不履行と相当因果関係にある損害とはいえないところ、本件においては過当取引が不法行為を構成するような強度の違法性を帯びているといえないことは右三の4のとおりである。

(四) そうすると、過当取引に起因する損害は、原告会社につき一四一八万五一七二円、原告X2につき一〇五〇万二二一〇円となる。

2  過当取引と相当因果関係のある損害

原告らそれぞれの投資目的、従前の投資規模と回数、本件一任取引の投資規模と回数等に鑑みると、本件一任取引が過当であることと相当因果関係のある損害は、原告会社については、右損害の五割に当たる七〇九万二五八六円、原告X2については、右損害の六割に当たる六三〇万一三二六円と認めるのが相当である。

五  本件寄託証券の売却の承諾の有無等(争点4、5)について

1  本件寄託証券の売却の承諾の有無

証人Cは、原告会社から本件寄託証券等の現物株の寄託を受ける際、原告X2が現物株は預けるだけで絶対に売却しないよう明言したことはなく、その後、本件一任勘定取引契約が締結されたから、本件寄託証券の売却も委託されていたものであるとの趣旨を供述し、乙一七(C作成の陳述書)にもこれに沿う供述記載があり、これを否定する原告X2の供述及び甲七(原告X2作成の陳述書)の供述記載と対立している。

右一の1の事実及び第二の一の4の事実によれば、本件寄託証券等の現物株は、平成二年一〇月二日及び同月五日、被告に寄託されたものであるが、Cは、本件一任勘定取引契約締結後も、同年一二月二〇日まではこれを一切売却の対象としていないし、本件寄託証券以外の現物株はその後も売却の対象としていないのであり、原告X2は、寄託した現物株の一部(本件寄託証券のうち別紙売買取引一覧表(一)番号71ないし番号77記載の有価証券)の売却が記載された原告会社に関する平成二年一二月二八日現在の月次報告書の転送を受けた直後ころに、Cに対し、右の売却につき、苦情を述べ、元に戻して貰いたい旨要求しているのである。そして、証拠(甲七、乙一七、証人C、原告X2本人)を検討しても、原告X2が、Cに対し、原告会社の本件寄託証券等の取得価格を告げたり、Cがこれを尋ねたりした形跡は全く認められないのである。これらの事実に照らすと、Cは原告会社から本件寄託証券等の売却につき委託を受けていない疑いがあるのであって、証人Cの供述及び乙一七の供述記載はにわかに信用できない。

2  本件寄託証券の売却の事後承諾の有無

証人Cは、平成三年三月一二日、原告らとの間で、原告会社は本件寄託証券と同種、同数の有価証券を買い戻すこととし、原告X2の口座の投資信託を売却してその代金を原告会社の口座に入金し、右金員を買受けの資金に充てることで納得した旨供述し、乙一七にもこれに沿う供述記載がある。

しかし、証拠(甲七、乙一八、原告X2本人)によれば、原告らは、同日、Cとの間で、被告の責任で本件寄託証券と同銘柄、同数の有価証券を買い戻す旨の合意をしたに過ぎないことが認められ、原告会社がCの本件寄託証券の売却を事後承諾したとまでは認められない。もっとも、右証拠によれば、原告X2は、その後、買戻しの資金に充てるため、自己名義の口座の投資信託を売却したことがあるが、これは、Cから買戻し資金が不足していると述べられたことから、やむなく行ったに過ぎないことが認められる。

3  そうすると、被告は、本件寄託証券の買戻しによる受渡金額と右売却による受渡金額との差額六六八万八三五五円を原告会社の計算に帰属させることはできない。

六  遅延損害金の始期について

原告は、寄託契約に基づく寄託金返還債務につき弁済期の定めがあったことを主張しないし、債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であるから、これらの債務はいずれも催告により遅滞に陥ることになる。右寄託金返還債務については、原告会社が本件訴状送達の前にこれを催告した日につき主張がないから、被告は本件訴状送達の日の翌日の平成六年七月一九日に遅滞に陥ったものというべく、被告は、右債務につき同日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。また、右損害賠償債務については、原告らが平成七年九月一四日付け準備書面(差引損失についての請求原因を寄託契約に基づく寄託金返還請求から債務不履行に基づく損害賠償請求に改めたもの。)を陳述した同日の口頭弁論期日の前にこれを催告したことにつき主張がないから、被告は右口頭弁論期日の翌日の同月一五日に遅滞に陥ったものというべく、被告は、右債務につき同日から支払済みまで同法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

第四結論

よって、原告会社の請求は、右の損害及び寄託金合計一三七八万〇九四一円及び右寄託金六六八万八三五五円に対する平成六年七月一九日から、右損害七〇九万二五八六円に対する平成七年九月一五日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告X2の請求は、右損害六三〇万一三二六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで同法所定年五分の割合による遅延損害金を求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判官 丸山昌一)

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